「クレイド、怪我は……」
「ご、ごめんなさい……!」
アルガとメイナが、それぞれの方向からクレイドへと駆け寄ってくる。そちらに向き直ったクレイドは、大事無い、と言った風に首を振った。しかし、その肩には血が染みをつくり、徐々にその面積を広げている。その赤黒い染みを見た瞬間、メイナは身を竦ませた。
「待ってて、すぐ治療するから……」
転んだせいで薄汚れてしまった顔を、泣きそうに歪ませてメイナが杖を構える。その大きな丸い目はかすかに潤んでさえいた。
「我が鍵より注げ、陽光の雫」
メイナの杖に付いた琥珀色の宝石から、黄金色の光があふれ出してクレイドの肩を包む。痛みに少し厳しい顔をしていたクレイドが、ふ、と眉間を開いて目を伏せた。光が消えると同時に剣を鞘に納め、負傷した方の腕を回してみる。
「――痛まない。治ったようだ」
静かにそう言うクレイドに、メイナはほっと安堵の溜息をついた。よかった、と小さく漏らして顔をほころばせる。その背後で、不機嫌そうに腕を組んでいたアルガが口を開いた。
「メイナ」
びくっ、と、その怒り孕んだ声に肩を震わせて、おそるおそるメイナがアルガの方を振り向く。二つに分けて結んだ、背中まである茶色の髪が大きく揺れた。
「いつも言っているようだけれど、あなたのソレはもう少しどうにかならないのかしら? あなたのその鈍さが、わたくし達全員の命に関わる可能性もありますのよ?」
不機嫌全開のきつい言葉にメイナは身を縮めた。目線二つ分くらい高いアルガに見下ろされて、今にも消え入りそうだ。一方アルガの方は、片手を杖に、片手を腰に当てた仁王立ちで、見下ろすようにメイナを睨みつけている。
「お分かりかしら、万が一の時はわたくしたちは、あなたを見捨ててもよろしいのよ? 最低限、自分の身を守るくらいの気概と自覚を持っていただきたいわね! 今回はあなたのせいでクレイドが負傷したようなものでしょう!」
トキアはさっさとその場から退散して、街道の端に投げてあった荷物のそばにしゃがみこんでいる。口を挟むことが出来ないのか、その場に立ち尽くしているクレイドを呼んで、彼は手招きした。
「おーい、クレイド! そっちはいいから着替えろよ。服破けちまってるだろ?」
「あ、ああ……」
そっとメイナたちの傍を離れて近づいてきたクレイドに、トキアはやれやれ、と肩を竦める。
「そんな困らなくたって、どうせいつもの事だろ。言って止まるモンでもねえんだし」
元々は三人だったクレイドらのパーティに、メイナが加わったのは約一月前。それ以来、何かメイナがドジをするたびに、アルガはああしてすごい剣幕で叱り飛ばす。
「しかし、治療専門の法術士は貴重だ……」
さすがにあれは言いすぎではないのか、と再び向こうへ行きかけたクレイドを、慌ててトキアが止めた。
「うわ、よせよせ。お前が行ったら火に油だって! ったく、無自覚なヤツだな、お前も」
頭が痛いぜ、と嘆きながらトキアは荷物から代えの服を取り出しクレイドに渡した。
ここのような森を走る街道沿いで、気を失っていたメイナを見つけたのはクレイドである。以来、メイナが安全に暮らせそうな場所がないため、なし崩し彼女も連れて歩いているのだ。その事自体がアルガにとっては癪に障っている事に、クレイドは気付いていない。
自分の婚約者であり、なおかつ幼馴染でもある少年がある日突然女の子を拾ってきたのでは、この年頃の少女が面白いはずもない。相手の事を憎からず思っているならなおさらだ。内心でやれやれ、と肩をすくめてトキアは続ける。
「でもまあ、あと三日もすればシュルホトの街に着く。あそこならこの辺一帯を統治してる領府があるし、まあまあ治安もいいらしいからな。十等傀儡の鍵でも五つくらい渡しとけば当分暮らしには困らないだろうし……」
『鍵』というのは、傀儡に埋め込まれた動力源となる宝玉である。この鍵を通じて傀儡たちは上位の傀儡や主鍵の制御を受けるのだ。また、鍵は傀儡以外にも利用され、トキアたちの持っているような、特殊能力具――魔導法具にもはめ込まれている。そのため、傀儡を倒してその鍵を手に入れれば、それを街で売って金に換えることが出来た。
「ああ」
メイナには、クレイドに助けられる以前の記憶がない。どこで暮らしていたのかも、身寄りの有無も不明なのだ。今までは彼女を置いてゆける様な治安の良い街がなかったが、シュルホトならば住み込みで働けるような大きな店もあるだろう。
クレイドが着替え終わったのを見届けたトキアは立ち上がり、まだメイナに何か言っているアルガに向かって声をかけた。
「おーい、アルガ! アルガレイス! もういいだろ、出発しようぜ」
次の宿場まではあと半日の距離だ。日が暮れるまでに森を抜けるほうが良い。日の高さを確認するように天を仰ぐトキアに、溜息をつくように頷いてアルガがメイナを解放して歩み寄った。
「……午後一の刻。そうですわね、少し急いだ方がよろしいかしら」
高級品である時計を取り出して頷くと、そのまますたすたと歩き始めてしまった。反対側からゆっくりとこちらに来ていたメイナが慌てて小走りになる。呆れたように溜息をついてトキアは、自分とアルガの二人分の荷物を持って立ち上がった。クレイドも自分の荷物を持ち、ゆっくりと歩き始める。メイナも自分の荷物を拾い、その後に続こうとした。すると。
「メイナ。戦闘で足を引っ張るのでしたらせめて、荷物持ちくらいしていただけませんこと? トキア、メイナにわたくしの荷物をお渡しなさい」
推し量ったかのようなタイミングで振り返り、アルガが命令する。戸惑っているトキアとメイナに対して、ぎろり、と一睨みをくれた。仕方なさそうにトキアが、アルガの分の荷物をメイナに渡す。それを確かめたアルガが再び歩き出した後、トキアはそっとメイナに耳打ちした。
「ま、あと三日の辛抱って事で……下手に刺激するよりは半日がんばってくれ。俺も『お嬢様』には逆らえないし、な」
困ったような、情けないような顔で笑って、トキアはぽんぽん、とメイナの肩を叩いた。トキアにとって、アルガは仕える主家の娘である。そのことを知っているメイナも曖昧な笑顔で頷いて、アルガの荷物を担いだ。
最初から口を出すな、と目顔でトキアに制されていたクレイドは、一行が進み始めてからそっとメイナに近づいた。
「持とう」
片手を差し出す。
「え、でも……」
両肩に荷物を背負って歩くメイナは、戸惑ったようにクレイドを見上げた。頭一つ高い位置から見下ろす、涼やかな目元。いつも静かな彼は、こうしてメイナを気遣ってくれる事が多い。
「お前の荷物ならば構わないだろう」
そうメイナの荷物に手をかける。少し迷ってからメイナは、その手に自分の荷物を預けた。
「ありがと……」
背後を警戒するため列の最後尾に戻るクレイドに、そっとメイナは呟いた。
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ベッドに撃沈してる間に日付が変わった……;
とりあえず日付細工してしまいましょう(笑)
午前一時なんてまだ前日のうちさ~。
王道目指してます。
勝気ライバル~。
主人公をいぢめるタイプの人間を書くのってこれが初めてかもしれません(笑)
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