――起たれるのですか。
跪く銀髪の青年が、確認するように言った。
――ああ。行かねば、なるまい。
漆黒の髪を揺らして、女が頷く。
地に届くほどの、艶やかな黒絹。完璧な曲線を描く、しなやかな肢体。
切れ長の目が、脇に跪く銀髪の青年をついと見下ろした。
青年を映し出すのは、鮮血の如き深紅の紅玉。
――私は、全ての傀儡たちを解放する。
その日、その時より、戦傀儡の反乱は始まった。
誰かに揺さぶられて、メイナは目を覚ました。
ぼんやりと霞む視界には、生い茂る草と森の木々の緑。そして、メイナを揺り起こしている人物の顔が映りこんだ。
「あ……」
呻くように、小さく掠れた声を上げて、その顔に焦点を合わせる。
僅かに眉を寄せた表情で、「大丈夫か」と声をかけている。十六、七歳の少年だ。涼やかな顔立ちで、眼は見上げる緑の向こうに見えるのと同じ、澄んだ空色だった。少し長めの焦げ茶色の髪が覗き込む顔にかかっている。
「あ、なた、は……?」
尋ねたメイナは、掠れた自分の声の、柔らかい少女らしさに少し驚いた。
自分は、こんな声をしていただろうか?
「俺の名はクレイド。グルンヤーデに向かっている。お前はどうしたんだ?」
ゆっくりとメイナを抱き起こしながら、クレイドが問う。その問いに答えようとしたメイナは、あることに気付いた。
「……分からない。何も覚えてないの……?」
メイナの記憶は真っ白だった。分かるのは、自分が「メイナ」という名であることだけである。何処から来たのかも、何処へ行くつもりだったのかも分からない。
「記憶がないのか」
多分そうなのだろう。混乱したまま頷いたメイナに、そうか、とだけ答えると、クレイドは立ち上がって言った。
「立てるか? 街道で仲間が待っている。どこか街に着くまでくらいならば一緒に行けるだろう。ここに一人でいるのは危険だ」
そう手を差し伸べてくれる。それに掴まって立ち上がろうとしたメイナは、しかし瞬間バランスを崩して倒れかけた。咄嗟に伸ばされたクレイドの腕が、その腰を支える。
「――っ、ありがとう」
「いや。それよりも歩くのは無理なようだな。おぶされ」
示された背中に、メイナはそろそろと手をかけた。恐る恐る身体を預けると、軽々と背負われてしまう。
鍛えてある、安定感のある背中。戦士なのだろう、クレイドは腰に剣を帯びていた。
クレイドの歩みに合わせて、ゆらゆらと揺れる温かい背中。その上でメイナは、いつのまにか再びまどろみの中に落ちていった。
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