一章
1.
十六、七の少年少女四人が、森の中を走る人気のない街道の真ん中に、輪になって立ち止まっている。背中を合わせるようにそれぞれが別の方角を見遣り、手には剣や杖などを構えていた。
「アルガとメイナの方向、あともう五歩で相手もこっちに気付くぜ」
中央に翠の宝石が嵌まった円盤のような物を持ち、その手元を見下ろしていた少年が鋭く警告する。少年と背中合わせだった少女二人が一瞬振り向き、それぞれに小さく頷いた。
「メイナ、あなたは下がっていなさい。クレイド」
波打つ紅い髪を高く結んだ、勝気そうな少女がそう言って一歩前に出た。彼女はその手に、先端に幾何学的な文様を象った、身の丈ほどの魔術士用の杖を構えている。その杖の文様の中央にも、赤紫色の宝石がはまり込んでいた。
「う、うん」
長い茶色い髪を揺らして頷き、メイナは申し訳なさそうな顔をして一歩下がる。それに合わせて、剣を構えていたクレイドが一歩動き、紅い髪の少女――アルガレイスの横に立った。
「最初は目眩まし程度でいいだろう。森に火をつけないよう気をつけろ」
クレイドが淡々とした声でアルガに注意を促した。多少不満そうに眉を上げてから、アルガが頷く。刃の付け根に、水晶柱のような蒼い石の嵌め込まれた両手剣を構えなおし、クレイドは静かに号令をかけた。
「行くぞ」
この国はかつて、他国に対抗する切り札として『戦傀儡』なるものを考え出した。戦傀儡は獣型、人型など様々な型のものが存在し、『主鍵』の持ち主の命令に忠実に従う強力な戦闘力として、他国を圧倒する力をこの国に与えた。
だが十三年前、ある戦傀儡が国王の持っていた主鍵を奪い、突如反乱を起こした。その戦傀儡は主鍵を使って他の戦傀儡を操り、人間たちに戦を仕掛けたのだ。
「獣型傀儡、階級は十等。魔術使うほど高等じゃねえけど、好戦的で馬鹿力なヤツだから気をつけろ!」
円盤を持った少年、トキアが敵の居る方角に向き直って警告を発した。頷いてクレイドがメイナに声をかける。
「メイナ、トキアの傍を離れるな」
法術士の証である華奢な杖を抱くようにして、メイナは頷いた。クレイドの隣ではすでにアルガが意識を集中し、魔術を発動させ始めている。
がさり、と一際大きく森の奥の茂みが鳴り、何か臭いを嗅ぐように動く鼻先がその間から突き出た。
クレイド達に気付いたその鼻先が止まり、本体が顔を出す、一瞬前。
「我が鍵より出でよ、紅蓮の流星!」
鋭いアルガの声と共に、杖の先端の石から赤い光芒が飛び出し、敵の鼻先に炸裂した。驚いた敵……獣型傀儡が後肢で立ち上がり吠える。その姿は、毛足の長い獅子と言ったところだろうか。赤い閃光の間から、鋭い鉤爪を持った前肢が見えた。
続けて二撃目、三撃目とアルガが光芒を飛ばす。それに混乱したかのように闇雲に、獅子型傀儡は突進してきた。炸裂する閃光の眩しさに目を細めながら、クレイドが獅子型傀儡に狙いを定める。トキアはメイナを連れてアルガ、クレイドから離れるように走り出した。
「我が鍵より迸れ、蒼き閃光!」
言って剣を握る手に力を込める。その刃が蒼い光に染まり、小さな稲妻がそこに絡みついた。クレイドは下半身に力を込めて地を蹴ると、鋭く獅子傀儡に斬り込む。遮二無二振った獅子傀儡の鉤爪が偶然その剣を受け止め、振り払った。
舌打ちしてクレイドが離れる。剣から迸った稲妻が獅子傀儡の肢を焦がし、飛び退いて街道に着地した獅子傀儡は少しよろけた。次の一撃で倒すため、剣を構えなおしたクレイドは再び腰を落として力を溜める。傍らではアルガが、今度は攻撃魔術を繰り出すために意識を集中していた。
「きゃああっ!」
彼らの集中を引きちぎるような悲鳴が上がった。
クレイドがそちらを見遣ると、街道の奥側、先程までクレイドが背中を向けていた場所にメイナが倒れている。どうやら転んでしまったようだ。
「なっ、全く!」
苛立たしげにアルガが悪態をつく。続けてまだ十分に練れていない攻撃魔術を傀儡に向けて放った。
「我が鍵より出でよ、緋炎の槍!」
しかし一歩遅く、既に傀儡は倒れているメイナの方へと駆け出している。ほぼ同時に駆け出したクレイドは、間一髪メイナと傀儡の間に滑り込んだ。振り下ろされる鉤爪をぎりぎりでかわし、傀儡の首元に剣を叩きつける。だが、最後の力を振り絞って傀儡はクレイドの肩口に牙を突き立てた。
「クレイド!」
メイナが悲鳴を上げる。必死に這いずって体を起こしたメイナを、トキアが大声で呼んだ。
「メイナ! 早くこっちに来い!」
血の気の引いた顔のまま、メイナが慌ててそちらへと走り始める。
クレイドと傀儡は、お互い相手に刃を突き立てたままの我慢勝負となっていた。
「くっ……」
痛みに眉を顰めながら、クレイドが再び剣に力を込める。淡く発光していた刃が、再び大きく輝いた。大きな破裂音と共に、傀儡の首が裂ける。刃から生まれた稲妻が、傀儡に蛇のように絡みついた。
断末魔の悲鳴を上げて、傀儡が崩れ落ちる。傀儡の牙を振り払うように後退したクレイドが、咬み付かれた肩を庇いながらその絶命を確認した。
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